11.20天皇制いらないデモ実行委員会ブログ★

自己責任論を作り出すもの――生活困窮者からみた天皇制  高沢幸男さん(寿支援者交流会事務局長)

◆6.3天皇制いらない集会発言 その4

自己責任論を作り出すもの ―生活困窮者からみた天皇制 高沢幸男さん(寿支援者交流会事務局長)

 みなさん、こんにちは。

私は、日本三大寄せ場の一つ、横浜の寿町で、野宿生活者や生活困窮者を支援しています。

私自身は天皇制問題をほとんど話したことがないので、発言させていただいて極めて不見識だったりしたら申し訳ないと思いました。ですが、野宿生活者を支援している仲間から声をかけてもらったので、参加させていただきました。生活困窮から見た天皇制をテーマに話したいと思います。

最初に言っておかなくてはならないのですが、今から28年ほど前の昭和天皇から今の天皇への代替わりの時の「大嘗祭・即位礼」を目前に控えた1990年11月、横浜の寿町では「白手帳弾圧」と呼ばれる弾圧があり、3名の仲間が予防拘禁的に逮捕されました。

これが一体何だったのかを話していくと私の持ち時間がなくなってしまうのでまたの機会に話させてもらいたいと思いますが、このような手段を使ってでも天皇制に対して反対を表明しそうな人たちの言論は弾圧されていくことはみなさんと共有させていただきたいと思います。

生活困窮者の取り組みをやっていく中で思うのは、市民の理解がなかなか進まないことなんですね。なぜ市民の理解が進まないのかを考えていくと、その根本にあるのは、ある意味天皇制なのかなと思います。
その理由は、「生まれながらに尊いものがいる、その反対に生まれながらにダメな奴がいる」、こんなことがある種当たり前のこととして捉えられてしまっていて、「貧困は自己責任」という言葉が平然と言われてしまう。人間は平等のはずなのに、生まれながらの差別が肯定的に捉えられてしまうのです。

前の発言者からも原発問題の話がありましたが、辞任した前復興相の発言にも、「自己責任論」がありました。

でも、被害を受けている放射能は、国策で原発を作ったから生み出されたのです。そのために、逃げざるを得なかった。それなのに、自己責任と言われてしまうんです。こういうことがたくさん世の中で起きているのです。

「生まれながらにして貴い者がいることと対に、生まれながらにダメな奴らがいる」と思ってしまう認知の構造があるからこそ、差別が合理化されてしまいます。

例えば、貧困の連鎖でなかなか学校に行けない。進学できない、スキルを身に着けられない、そして、低学歴で資格もないため、仕事が安定しない。こういう形が作られてくるわけです。
これは自己責任なのでしょうか?

生活保護者のデータによると、
現在生活保護を受けている人のうち、自分が育った世帯でも保護を受けていた方は約25パーセントです。4分の1以上の方は、貧困の連鎖で貧困状態を続けさせれています。
母子世帯で生活保護を受けている人に限ると、約4割の人が育った世帯でも生活保護を受けていた、というデータが出てきています。
本当に困窮は連鎖しています。貧困ゆえに、様々な可能性から排除され、生活が安定しなくなっているのです。

高校や大学に進学できないから、非正規雇用になってしまう。非正規雇用が続くから生活が安定しない。非正規だから一つの職場に永くいることもできず、結果的には自分に必要なスキルも身につけられない。連鎖している貧困のために、資格取得などに利用するお金もない。結果、厳しい状況に置かれ続ける。やる気を出して安定した仕事に就職しようとしたりするけど、学歴が低いからなかなか正社員にはなれない。
それなのに、正社員になれないのは努力しなかった自己責任だ、非正規雇用は自己責任だ、そんな言葉を言われて、努力することや安定した生活を夢見ることからも排除される。そんな生活に困っている仲間たちが作り出されてしまう。

しかも、社会は生活困窮者に対して厳しくて、命の問題とお金の問題が同列に語られるんです。これが、小田原市の生活保護課のジャンパー問題です。生活保護のケースワーカーが「不正受給を許すな」「不正受給者はクズ」というジャンバーを着ていた問題です。
小田原市は、「この件についていろんな意見をいただいたけれど、そのうちの4割は、不正受給を許さないというのは正しい、今後もがんばってほしい、という応援だった」という発言もしています。
でも本当にそうなんでしょうか。

本来、すべての人間が生きる権利を保障されるべきだし、単に生きる権利だけではなくて幸せであることを思い描く権利も保障されなければならない。これは憲法にも書いてある権利ですよね。これが保障されないから貧困で困っている人がいるし、対策が十分でないから貧困の連鎖で厳しい思いをしているんです。
生活に困って生活保護を使おうとしたら「不正受給を許すな」と言われる。人の命とお金を同列に扱われた結果、生活保護を受けることが恥かしいことになり、実質、社会保障から排除される。

 

不正受給は受給者ベースでいっても1.数パーセントと本当にわずかなんです。しかも、この中には、高校生が世帯で生活保護を受けていることを知らないでアルバイトしてしまって、福祉事務所に申告していないため、不正受給とされてしまうケースも含まれます。悪意のある不正受給は本当にわずかです。

ほかの困窮世帯と比べても非合理な部分があります。例えば、子どもがアルバイトをして運転免許を自分のお金で取ったら、普通は「がんばったね」と言われます。でも、生活保護を受けていることを知らずに申告しないと、自分の将来のためのお金でも、不正受給と言われてしまうんです。こんなことが実際におきているんです。

不正受給問題を考える時に、いつも思い出すのは、お笑い芸人の母親が生活保護を受けていて大バッシングされた話です。
親が生活保護を受けるぐらいの状況ということは、お笑い芸人も困窮の中に生きて下積み生活を経て、たまたま成功をつかんだ。しかも、母親のために必要な扶養は、自分ができる範囲内でやってたんですよね。それなのに不正受給と言われて大バッシングされた。最終的には親の生活費の面倒を全部見るということになった。

これは、場合によっては、生活費や子どもの教育費を削っても、親の扶養を優先するということです。
困窮者はしんどい思いをして結果的に成功をつかんだとしても、親の面倒を見なきゃいけない。
一方で、金持ちはどうでしょうか。中学から私立に通って、そして自分に必要なスキルを身につけるために大学進学して、就職活動に必要なスーツもカバンも買ってもらえて、親のコネもあって就職できる。そして、安定した就職をして、金持ちはより豊かになっていく。豊かになっても、親の生活費の面倒なんてみなくていい。
こんな格差が当たり前に行われてどんどん進められている。困窮者は成功しても親の貧困の面倒を見なくてならず、金持ちは富の連鎖でより金持ちになっていく。こんな現実がいま行われているのです。

私たちは困窮者と向かい合う中で、貧困の連鎖と富の連鎖を考えていかなければならないと思っています。

野宿者を支援している中で、「お前たちは何者だ」とよく言われます。
心ない人たちから、「お前らが甘やかすからいけない」と言われます。
「お前たちは何者なんだ」と問われたら、私たちは「一番しんどい仲間とともに生きていきたいと思っている者たちの集まりだ」と、答えています。
週に一回訪問したり炊き出したりしたぐらいで、野宿生活の状態を維持することなんて、実際には無理です。それでも、あなたを気にしている人がいる。あなたとともに生きて行きたいと思っている人がいる。そんなメッセージを送りながら、活動を続けています。

今、皇族の結婚が話題になっています。生まれながら貴いものは、結婚しようとなったら億単位の持参金を持たせてもらえる、なんて話になっています。
一方で、困窮者は困窮ゆえに、結婚もできない、就職もできない、子どもも持てないという人がたくさんいます。
結婚するか、子どもを持つかは、それぞれが判断する自由ですけれども、そもそもそれを選択肢から最初から奪われている困窮者がたくさんいます。
このように、生まれながらの差別が存在していることは、重大なことです。
生まれながらに貴い人がいるということは、逆に貧困を押し付けられ貧困の連鎖の中で生きて行かなければならない人がいる。そういうことを考えていくことが重要になってくると思います。

天皇制は、貧困を固定化し、貧困の連鎖でしんどい仲間をずっと固定化する。そういう理不尽な社会構造を合理化するツールになっていると思います。
だから私たちは、このような理不尽さに対して、一人ひとりが「生まれてきておめでとう」「生きていてありがとう」と思ってもらえる、そんな温もりのある社会を作りたいと思って、日々路上を回っています。

最後に、野宿生活者襲撃問題も話したいと思います。
管理社会の中で息苦しいと思っている学生たちが、よりしんどいものを叩くことで、「自分よりしんどい人がいる。あの人たちよりは自分の方がマシだ」という歪んだ自己肯定感を持つようになる。

未来を担う子どもたちが襲撃をするほどのストレスを抱えている社会って、しんどいですよね。よりしんどい野宿生活者をストレスのはけ口にする。貧困は自己責任という前提があるので困窮者に対しては何をやってもいい、という理不尽さがあると思うのです。
そういうものを認めない! 今日は問題提起の場として、考える場として、いきたいと思っています。最後までこの集会一緒にやっていきたいと思います。よろしくお願いします。

 

 

……………( ..)φ メモ ( ..)φ……………

2017年度の生活保護は、

 生活保護受給者214万2000人に対して2兆9000億円(1人=約130万円)

 

〇予算(平成29年度厚生労働省予算概算要求の主要事項より)
生活保護に係る国庫負担 2兆9074億円
――生活保護を必要とする人に対して確実に保護を実施するため、生活保護制度
に係る国庫負担に要する経費を確保する。

〇2017年2月生活保護調査

  …受給者214万1881人(163万8944 世帯)
(社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会第1回資料4、2017年5月11日)

 

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2017年度の皇族のための費用は、

皇族19人に対して62億2000万円(1人=約3億2740万円)

 

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オリンピックは、優生思想や差別と一体だ…鵜飼哲さん(一橋大学教員)

◆6.3天皇制いらない集会発言 その3

オリンピックは、優生思想や差別と一体だ 鵜飼哲さん(一橋大学教員)

 

こんにちは、今日はみなさんとお会いできて本当に嬉しいです。
やっぱりデモに参加するって、それ自体、楽しい経験ですね。
日頃、心の中で思っていても夢の中でしか大きな声では言えないようなことを街の中で大きな声で叫ぶっていうこと自体、それがなければおそらく私たちは社会の中で生きていけないと思います。
とりわけ天皇制のような、この社会の中では本当に明確に自分の言いたいことを語れる場所が乏しい、このような問題についてこそ、街頭デモンストレーションはあるべきだと私は考えています。

デモは数々あるんですけど、
私が初めて天皇制の大きな行動に参加したのは1975年9月30日、前の天皇の訪米阻止の闘争があった時です。天皇訪米阻止闘争があったわけですね。

当時の学生運動の中でも新しいテーマでしたし、天皇制って何なんだということを一から議論したことをよく思い出します。

そのあと、1989年、90年頭の昭和天皇の死去までには、運動圏の内外で、
天皇及び天皇制をめぐる様々な言葉が飛び交い、議論されていった時代があります。
覚えてる言葉がいっぱいあるんですけど、その中で特に今日思い出しておきたいのは、
確か昨年亡くなられた野坂昭如が言った言葉。
「天皇制は日本人の賤しさの鏡である」
とはっきり言ったことを思い出します。

今日の集会で最初に発言された方が非常にはっきり言われたように、天皇制は優生思想と非常に結びついているわけですね。天皇制という鏡を通すと自分が他の国の人よりもきれいに見えるとか、そういう心性が近代の日本人の心に植えつけられてしまった。
これは色々な研究が明らかにしているように昔からあったわけではありません。明治維新の時に教育勅語のようなものと一体に刷り込まれていった、わずかこの数十年の間にできたこと何ですね。
これをどうして変えられないのか。このことに私たちは向き合って、改めて挑戦していかなくてはならない時代に入ってきてると思います。

このところ私はオリンピックに反対する運動がメインの活動なんですけれども、これから2020年までに、生前退位が言われ、特例法ができ、退位、そして大嘗祭。
来年は、明治維新150周年、そしてラグビーのワールドカップもあり、そういう中で2020年までに改憲をやりきってオリンピックを迎える、とはっきり安倍晋三は公言しているんです。
天皇制の問題はこのプログラムの中に組み込まれています!
天皇制に批判的でない運動であれば、これから数年の闘いを闘えないでしょう。
そういうギリギリに追い詰められところで私たちは天皇制についての認識を新たにし、この攻撃と闘えるような枠組みを運動の中でも作っていかなければいけない、と思います。

言論界には、天皇及び天皇制について、先ほども発言された方もおっしゃっていたように、「陛下」という言葉を平気で使うような人がたくさん出てきたり敬語を使ったり、ということが横行しています。こういうことをもっときちんと批判する場所を作っていかなければいけないと考えています。

オリンピックの関係では、この間、資本主義の非常に新しい段階の現象として、
「祝賀資本主義」と言われているんですね。
要するにお祝い事を作って、公金を一部の大資本の側にどんどん使わせていく。
そういう攻撃がオリンピックをめぐって起きて来ています。お祝い事や天皇家が続くのがありがたいとか、資本主義がこれから永久に続くことが麗しいとか、そいういうことを人々の頭に刷り込みながら、しかもそれが搾取の構造になっている。
オリンピックというのは、今そういう中で作られているし、これは深いところで優生思想や差別の問題と一体なんです。

ですから、私たちの運動はまだ本当にささやかなんですけれども、これからの時代、反天皇制・反オリンピック、そして反改憲を一体のものとして闘っていくためにも、今日の集会、デモストレーションは、とても、とても、とても大事だと思います。

最後まで団結して闘っていきましょう。

天皇に共感? 共感ってことばをそんな風に使わないでほしい

◆6.3天皇制いらない集会発言 その2

天皇に共感? 共感ってことばをそんな風に使わないでほしい Sさん

 

みなさんこんにちは。
「何が何でもこの日は行かなくちゃ」と思って、出てきました。


昭和天皇が死去して、今の天皇が即位する時に、大嘗祭っていう変な行事が行われるんです。
大嘗祭っていうのはずっと前から受け継がれてるものなんですけど、
東京中心に、東と西に分けて田んぼに苗を植えて、ここから獲れた新米を食べて天皇になるっていう行事をやったんですよ。そんな行事をちゃんとしたんですよ。
これはおかしいと思って、大分では裁判を起こしたりしました。本当におかしいと思います。

まさか、昭和天皇の死と、今の天皇と、二度も天皇の代替わりを体験しようとは思いませんでした。びっくりです。
私は、「昭和天皇の戦争責任は絶対に許せない!」と思っていました。「責任を取らないで死なせてたまるか!」って思ってました。
死んだ時には赤飯を炊いてみんなで祝いました。30人くらい集まって赤飯で乾杯して、デモに出発しました。このことは、忘れることができません。
でも今度の天皇はまたあの時と違ってますよね。みなさんとその点について話し合いたいです。
 

「皇害」と書いた紙をここに持っててもらっています。九州は、この「皇害」のずっとずっと連続でした。

大嘗祭の米を作らされるのが、第一の「皇害」でした。
それから第二の「皇害」が、2000年に大分であった植樹祭。
そして第三の「皇害」は、2008年に大分であった国体。
この三つを経験して、私は警察から嫌っていうほど「皇害」の迷惑さをわからせられました。そしてうちの裏には公安が住み着いてしまいました。

今度の特例法ですが、国会をずっと聞いてるんですけど、いわゆる大政翼賛会ですね。
誰として根本的に追及する人がいなければ、「天皇制がおかしいじゃないか」っていう人が全然いない。
ゴマをすって媚びへつらっている。反吐が出るほど、国会で聞かされています。
第一、誰が天皇を敬愛しているっていうのでしょうか? 天皇の気持ちなんか理解しないし、誰も共感していないですよ。
共感ていう言葉をあんな風に使わないでほしいです。本当に不愉快に思っています。
私は、怒りまくっています。人から「どうしていつも元気なの?」って聞かれるんですが、
怒りが原動力です。

原発いらないって、毎日、九州電力の前に立ってるんですけど、もう2000日を超えました。
地方だと本当に言いたいことを、言いたい、表現したい、っていうときには、だいたい一人なんですね。
一人でも、やるってことはとても意味があると思っています。それを実感しているんです。
地方で声を上げるのはとても大変です。でもやっていると続けてくれる人が出てくるんです。一人で始めても5人、10人って増えていくんですよね。これこそが共感っていうんじゃないですか?みなさんどう思います?

私のまわりは、「天皇陛下」っていう人ばっかりです。耐えられませんよ。
「陛下っていう言葉だけはやめましょうね」っていうことはやっていきたいと思います。


今日の集会、本当に共感してます! 退位じゃなくて廃位ですよね!
頑張ってデモをやり抜きましょう。

 

……………( ..)φ メモ ( ..)φ……………

天皇の退位等に関する皇室典範特例法(2017年6月9日可決)より抜粋
第一条(趣旨) この法律は、天皇陛下が、昭和64年1月7日の御即位以来28年を超える長期にわたり、国事行為のほか、全国各地への御訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての公的な御活動に精励してこられた中、83歳と御高齢になられ、今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、これに対し、国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに、皇嗣である皇太子殿下は、57歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられることという現下の状況に鑑み、皇室典範(昭和22年法律第三号)第四条の規定の特例として、天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項を定めるものとする。

障害者にとっての天皇制…天野誠一郎さん

◆6.3天皇制いらない集会発言 その1

障害者にとっての天皇制 天野誠一郎さん

 

天皇制は日本人が一番優れているとし、その考えが強まれば、純血主義へと発展して行く。

そして、優生思想へと開花する。

その思想の下、不良の血の障害者は抹殺されて行く。

従って、僕は天皇制には反対です。

 そして、障害者差別は根が深い問題です。      f:id:tennoout:20170710235838j:plain

その差別の根からは、

<優生思想>→<日本人の純血主義>→<優秀な子孫だけを残す>→<排外主義>→<民族差別>へと連鎖する、

差別の壮大な構築されたものとして現出されます。

 日本の政治の傾向は、この天皇制について、アメリカへの追従が強まれば強まるほど、声高に叫ぶ傾向がある。

アメリカに依存し追従はする反面、日本としての主体性をなんとか守るため、相矛盾する形で天皇制を声高に訴えるものだ。

 もともとこの国は、個人の存在や人権を認めない国である。

ではそれらをどこで認めるかというと、家族という単位で認めている。

そして、その家族は、優生思想の枠の中で認められている。

 しかしそういった家族の中でも障害者は生まれてしまう。

障害者は、その家族の中で抱え込み、やっと生きていける。

つまり、障害者だけの問題ではなく、その家族の問題と位置づけられる。

日本においては、社会保障制度は家族単位で適応運営される。

そして、社会的弱者が生まれた場合は家族が抱え込み、本質的には閉鎖的な家族の中に隔離される。

個人個人を認めない日本社会なので、その被害は、障害者の場合、強く現れてしまう。

 いま現在、安倍政権は家族主義の復活をめざしており、その方向はめぐりめぐり天皇制の復活へとつながる。

その方向は、同時に、障害者の存在を家族の中へと埋没させ、より障害者差別を強めていくだろう。

 障害者運動はもともと、家族からの依存からの脱出からはじまった。

国家権力は気付いていないかもしれないが、障害者運動は、家族からの解放を目指していた。

そして勝ち取ったものが多かった。

一定程度、以前よりは障害者の地域生活は安定している。

しかしその分だけ、露骨な差别が隠され、差别が見えにくくなった。

 再度、障害者運動は、いったい何から解放されたかったのか?、何を目指すのか?、それが問われている。

 象徴天皇制は間違いなく差别の根本原因である。

個人が確立されていない、なおかつ、家族に依存する体質を乗り越えないかぎり、限りなく日本人は天皇制に加担してしまう。

いま一度、一人ひとりが自己を確立し、身近な関係から変えて行く努力をしていきたい。

 現状は若い障害者の運動離れが起きている。

若い障害者の求めているものは、将来の事は考えずに現状の体制に合わせて家族と一緒に居たいし、それを行政は支えてほしい、となってしまっている。

まず、ここから横の関係を作り直し、本質を問う運動を作って行きたい。

天皇制いらないデモ、帰ってきたぞ!

11.20の右翼・警察のデモつぶしから約半年、天皇制いらないデモが帰ってきた!

6月3日(土)、井の頭公園・三角広場で集会後、吉祥寺駅周辺でデモをやりました。東京からだけでなく全国各地から220人が参加してくれました。

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公安警察が、法律的な根拠もなく、集会全体を見渡せる場所で、集会の様子と参加者の写真を撮っているところ。抗議しましたが、法律にのっとって仕事をするはずの公務員が違法行為をするという腐った組織です。私たちが集会をすることは思想信条の自由・表現の自由として憲法で認められているのに、私たちのプライバシーを平気で侵害する警察。共謀罪が成立したら、こんなことが当たり前の社会になってしまうでしょう。だって、常に広範囲に情報収集しなければ、一般市民と組織犯罪集団構成員の区別なんてできないんだから。共謀罪反対! それより、加計・森友と共謀してる安倍を監視しなきゃ。

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警官ども。

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巨大な横断幕の前でそれぞれの天皇体験を話す、老若女男。

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デモをされると住みたい街ランキング上位の吉祥寺の名前に傷をつける、などという意見があるようです。表現の自由を許さない街ランキング上位になりたいのかな? 今は普遍化した形態のおしゃれであっても、勇気ある革新的なアイディア・挑戦が源泉にあります。表現の自由を認めない保守化は、発想・行動の硬直化を生み、革新的なアイディアを生み出す力を失い、どこかで生まれた革新的なアイディアを消費するだけの存在になり下がるでしょう。

日本中に蔓延する天皇制に、あちこちで声をあげよう!

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↓ ー皇族解散!「人間」にかえれ!ー 6・3帰ってきた天皇制いらないデモ より

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天皇は一般市民じゃないので、表現の自由も政治的な意見表明の自由も許されていません。それは、75年前の戦争で、天皇に強い権限を与えて戦争への道を突き進んだ経験から、天皇が強い権力を持たないように憲法に定めたのです。

なのに、昨年8月、憲法第四条で政治的な行為をしてはいけないと定めれているのに、ビデオメッセージで自分がやってほしいことを伝えた天皇。しかも、天皇の役割は憲法第四条で国事行為のみと定められているのに、憲法第七条に書かれている国事行為ではない、いわば憲法を無視して天皇が勝手にやっている「慰問・訪問をやれなくなるから天皇をやめたい」などとこれまた憲法違反の内容。二重の憲法違反だったビデオメッセージ。

それを忖度(そんたく)した国会議員らが、国会で退位特例法案をつくろうとしているのです。ほんとにひどい。

天皇を引退したかったら、表現したかったら、「国民」にならないと。

天皇が本当に人々のことを考えているなら、高貴な存在であることをやめるはず。辞典にあるように、高貴の対義語として下賤があるのですから。天皇が高貴なら、下賤は市井の人。高みにたって「訪問して市井の人のことを知りたい」って、いやらしいだけでしょ。わかりたいなら、市井の人になればいいんじゃないかな。土地の大衆酒場で雑談に耳を傾けるとか、閉店間際のスーパーで割引品を買うとか、ネットカフェに泊まるとかいろいろある。

天皇が訪問する前に、天皇が通る道に生えている草も引っこ抜かせるんだよね。「きれい」な道を歩いていては、泥水をすすらなければならない人の気持ちなんてわかんないでしょ。花壇に生えている園芸品種が天皇で、引っこ抜かれちゃう路傍の花が私たち。引っこ抜かれるのは、まっぴらごめん。

あらためて、日本国憲法抜粋…天皇の仕事ってあちこちに出かけることじゃないんだ

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない


第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一  憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二  国会を召集すること。
三  衆議院を解散すること。
四  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五  国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七  栄典を授与すること。
八  批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九  外国の大使及び公使を接受すること。
十  儀式を行ふこと。

こんにちは。「皇族解散!『人間』にかえれ! 帰ってきた天皇制いらないデモ」です。

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 ↑ ー皇族解散!「人間」にかえれ!ー 6・3帰ってきた天皇制いらないデモ  より

 

 皆さんは、天皇は日本の象徴だ、と思っていますか。天皇がいる、天皇家があることで、恩恵を受けたことがありますか。デモをしている私たちは、天皇や天皇家から恩恵を受けたことはありません。天皇制は差別の元凶、民主主義・平等に反すると、私たちは考えます。

  いま、天皇代替わりを決める退位特例法案が国会に提出されており、今国会で成立する見通しですが、私たちは天皇の代替わりではなく、天皇制はいらない、天皇制をなくしたいと考えています。憲法に規定された象徴天皇制も要りません。

  天皇が生前代替わりを言い出したのは、高齢で公務がきつくなったから、ではありません。天皇制を子どもや孫の時代はもちろん、未来永劫ずっと存続させようとするからにほかなりません。だからこそ、退位特例法案がアキヒト一代限りにしたことを、アキヒト天皇は快く思っていないのです。

 世の中には職の得られない人、非正規雇用や会社の都合でクビを切られた人等々、生活に汲々としている人たちがたくさんいるのに、子どもの6人に一人が貧困に置かれているのに、天皇の家系が生活に困ることは天皇制があるかぎり、起こりません。

 天皇家に費やす税金は年間250億円にのぼります。天皇、皇太子一家が生活費として使って良いお金は年間3億円以上。食費や衣服、遊びに年間3億円以上ですよ。一般の私たちには想像もつかない巨額な生活費。そのお金は私たちが支払う税金、貧困層からも取り立てた税金です。その金によって天皇家は無農薬有機栽培の安全な食事を摂り、優雅な服やバッグを身につけ、失業することはないのです。

 貧困層から取り立てたお金について、天皇や皇族が少しでも痛みを感じたならば、お金はいらない、あるいは、日本に住む人の水準の額にしてほしいと申し出るでしょう。しかし、そんなことはありませんね。それは、天皇家という特別な身分を放棄したくないということです。こうしたことを考えれば、生前代替わりの目的が、天皇制の維持にあることがわかると思います。「高齢で公務がきつくなった」などという言葉に騙されないでください。

  天皇は平和主義者、そう思っている方も多いかと思いますが、それは大きな間違いです。もしも天皇が平和主義者ならば、まずは、父親である天皇ヒロヒトが起こした戦争の責任をとるはずですが、戦後72年間、父親の戦争犯罪について謝罪の言葉を述べたことはありません。天皇は広島、長崎、沖縄、サイパン、パラオ、フィリッピンへ旅してきましたが、そこで言葉にしたのは他人事のように「不幸な時代があった」であって、「不幸な時代」をつくった父・ヒロヒトの戦争犯罪を謝ったことはありません。天皇は父親の犯した戦争犯罪について、反省し謝罪すべきです。天皇は父親の戦争責任をごまかしてはなりません。

  天皇の家系には生まれたときから「様」をつけて呼びます。赤ちゃんに「様」。皆さん、変だと思いませんか。小さい子どもならば、なぜ「様」なのって疑問を持つでしょうね。

 天皇という特別な身分があることは、貴あれば賤あり、蔑まされる身分があっていいということです。貧乏人、低賃金労働者、失業者がいていいということです。平等、民主主義に反します。差別の元凶です。私たちは天皇という特別な身分、天皇制はいりません。なくすべきだと考えます。

  72年前、日本が戦争に負けたとき、天皇主権が間違っていたことに気づき、天皇が政治の主権を握ることを止めました。しかし、憲法1条に「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と定めました。象徴天皇は「国民の総意」? いいえ、違います。少なくとも、デモをしている私たちは象徴天皇も天皇制も認めません。天皇を象徴として崇めません。天皇家に私たちが払った税金を使われたくありませんから、私たちを無理やり「総意」に入れるのは迷惑です。象徴天皇は「国民の総意」ではありません。

  皆さん、私たちは誰もが平等であるべきと考えます。特別な身分はいらない、天皇制はいらない、なくすべきと考える人達がいることを知ってください。天皇制はいらないという考えがあることを、マスコミも報道しませんから、私たちはデモしてアピールしています。皆さんは天皇家があることで、恩を感じたことがありますか。天皇制が必要かどうか、ご一緒に考えてみませんか。

 

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皇族解散!「人間」にかえれ! ― 6・3帰ってきた天皇制いらないデモ

昨年11月20日に右翼に破壊された天皇制いらないデモを、再び吉祥寺で開催します。暴力では潰されない天皇制反対の意思表示を!

ー皇族解散!「人間」にかえれ!ー
6・3帰ってきた天皇制いらないデモ

日時  :  2017年6月3日(土)

             午後1時集合・集会

           2時半頃デモ出発予定

会場  :  井の頭公園・三角広場

             (井の頭公園の東端。井の頭線「井の頭公園」駅から徒歩5分・吉祥寺駅から徒歩15分)

主催■6・3天皇制いらないデモ実行委員会
連絡先■tennoout@gmail.com 

               0425259036
ブログ■ http://tennoout.hatenablog.com/ 


<よびかけ文>
 昨年8月の天皇メッセージによって始まった「平成代替わり騒動」。天皇みずからテレビで天皇制のあり方について主張するという、戦後天皇制にあるまじき事態でした。
 しかし「憲法違反」の声はマスコミや政治家からほとんど聞かれず、事態は明仁天皇の意向に沿う形で進んでいます。
 議論の場を移した国会でも、自民党から共産党まで「退位容認」「天皇制維持」の大翼賛というテイタラクです。
 ならば天皇制廃止は街頭で訴えるしかない!
 しかしその街頭は、右翼、警察のやりたい放題。昨年11月20日に行なった「天皇制いらないデモ」は、トラメやプラカードを次々と奪われ、宣伝カーのガラスまで右翼に割られる暴力を受けました。警察は最後まで見て見ぬふり。自治体もデモを迷惑あつかいし、市民向けメールで「ご注意下さい」と配信する始末。
 治安維持法なくとも、天皇制批判の権利は瀕死の状態です。

 全国の仲間の皆さんに呼びかけます。まだ一度も反天皇制デモに参加したことのないあなたにも。
 身分差別と性差別を「象徴」として祭りあげ、国境を越える想像力を私から奪い続けた天皇制。権力者は利用・翼賛し、マスコミは追従し、民衆は沈黙する―この天皇制の壁を突破して初めて、私たちは自由や平等を語ることができるはずです。
 「11・20」の無惨な破壊を経て、吉祥寺で再び「天皇制いらないデモ」を開催します。私たちの一歩一歩が、天皇制の矛盾を明るみに出し、この国における政治的権利を勝ちとる歩みになるでしょう。
 「天皇制いらない」の気持ちがあれば、誰でも参加できます。帰ってきた天皇制いらないデモへ!いざ、共に!

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