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  11.20天皇制いらないデモ実行委員会ブログ★

noisy minority!4  「天皇制いらないデモ」、こう思う

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11.20デモで、右翼に盗まれて、今はもうないプラカードの数々…

(http://www.mkimpo.com/diary/2016/hanten_16-11-20.html)

これは敵の弱みと焦りの現れ

     ………PCさん

 11月20日の「天皇制いらないデモ」に対して集会時から右翼の激しい妨害があったが、発言者は堂々と反天皇制を主張した事で集会は大成功したと思う。特に弾圧の中「日の丸」「君が代」を教育現場で闘っている先生たちの発言に敬意を表したい。その後デモで警察権力の了解の元に、我々に襲ってきた右翼暴力に対してもスクラムを固く組みプラカードや横断幕はうばわれたものの最後までデモを貫徹できた事は大いに評価すべきだと思う。
 とにかく右翼や安倍にとって改憲のチャンスは今でしかないので最大限の力で襲ってきたのだ。右翼は我々に対して暴力をふるえば、我々の運動を潰す事ができるのだと思いあがっているのだ。しかしそのような暴力に我々が絶対に屈さない事をこの日のデモは示した。これからも右翼のデモ妨害と暴力がエスカレートすると思うが、これは敵の弱みと焦りの現れである。一歩も怯まず前に進みたい。


 

横断幕を防衛したが…

     ………MMさん

  井の頭公園駅につくと大事件でも起きたのかと思うほどの警官の数。驚いて立ち止まる市民に実行委員会のビラを渡す。ビラを渡した家族連れが集会場にむかって手を振って激励してくれた。集会は天皇制の問題が浮き彫りになるアピールがとてもよかった。
 さあデモに出発だ。とたんに右翼の暴力と怒号にまみれた。右翼はものすごいスピードで横断幕を奪おうと突入してきた。必死に奪い返そうとしたが力づくで持っていかれた。
 右翼の暴力でデモ隊列がグチャグチャにされても、警察は「詰めろ」「前に進め」とからだを押しまくる。マイクも破壊され、仲間が地声でコールをあげ続けてくれた。私は隣の人とスクラムを組んでデモをした。
 天皇制は民主主義を暴力で破壊する装置だ。天皇制はいらないデモをまたやろうね。

 

予想の範疇。暴力を振るわば振るえ

     ………NMさん

 天皇及び天皇制、これが現在まで温存されていることに対しわたしは甚だ不快である。
 歴史を振り返れば、アジアで数千万を殺し、言葉や文化を奪い、搾取し、差別し、その血塗られた皇軍の行為、歴史の頂点に天皇はいた。そして1ミリも責任を取らず現人神から戦後は人間になり国民の象徴として君臨している。ナンセンス極まりない。今上アキヒトは一見良きお方のように思われるが、昨年のパラオ訪問時の言葉を聞くとやはり過去の戦争について他人事なのがよくわかった。茶番である。
 わたしは現在のこの国の諸問題の原因は過去の戦争に対する無反省にあると思う。それらを考えていくとやはり天皇及び天皇制にぶつからざるを得ない。今だに天皇及び天皇制について反感を持って語ることが不敬とされる世の中である。かつて坂口安吾が書いたように、人間はその実質において敬われるべきであって、天皇もまた同様であるべきだというのに同感である。万世一系だとか日本で一番古い家柄だとかそんなものはどうでも良い。どこの誰でもみな同じである。
 さてデモについてであるが、特に感想もない。
 デモ側の宣伝車、横断幕、プラカードは全て沿道を埋め尽くす右翼構成員たちにめちゃめちゃに破壊された。行進中ずっと襲撃を受け続け、デモ側女性参加者であっても引きづり倒され蹴られ..容赦のない暴力が行われた。
 投げかけられる罵声は「反日朝鮮人は日本から出て行け、叩き出せ!」 ふーん、あっそう。このように天皇制と暴力、差別は一体である。
 が、今の日本で反天皇制を唱えて行進すればこの程度の暴力にさらされるのは予想していたし、わたしの予想の範疇であった。わたしは反日朝鮮人だの出て行けだの言われても平気である。暴力を振るわば振るえ。
これからも天皇制には反対でありますよわたしは。

 

 

 誰にも忘れたふりなど決してさせない

     ………JZさん

  すこし歴史をたぐると、かつては自然発生的に創意工夫にあふれた社会運動がいろいろなところでいくつもあったことがわかる。これらは大日本帝国憲法下の治安法体制の下で窒息させられるのだが、たびたび指摘されるように、自民党の「改憲案」を待たず現在の日本国憲法下においても、公安条例や関連各法による集会や集団示威行動の制限が、じつは百年以上も前の治安警察法の枠組みそのままであることに暗然とさせられる。
 「国民主権」「象徴天皇」のもとでは、かつての国体思想や超国家主義の蔓延などあり得ないとされてきた。しかし、歴史修正主義者やレイシストたちの影響がしみ込んだ社会において、不安が広がり「非常事態」が呼号されたとき、起きる事態はあらかじめ見えているといってよい。それは、陰湿な中傷と虚言、密告や差別、強制と脅迫により、国家や集団などの「共同意思」を装った宣撫工作が津々浦々に満ちた世界だ。「あの日」の警察と右翼の暴力は、その一例でもあろう。
 こうした世界に即効性のある対応策などない。しかし、だからこそ、権力や右翼の暴力、その卑劣な行動とともに、自分たち自身の事実を記録し、身体の痛みとともに記憶し続けたい。誰にも忘れたふりなど決してさせない。